「広告代理店のみなさまへ」

ゆるさがないと暮らしも自粛もつづかない。

子どもを想って、母親が朝ごはんにステーキを出してくれたことがあった。

思春期だったから「朝からこんなの食べれないよ」とボヤいてみせたが、心のなかではめっちゃ嬉しかった。子を想いやる親のきもちを学ばせてもらったのは、母親だった。

その息子が、朝ごはんにえらんだのは「激辛カップラーメン」。

昨晩、家族でカタン(ボードゲーム)をやったから、わたしの低スペック脳はアレもコレもできる力がのこっていない。

いまはハイオク飯よりも、軽油でいいから早くほしい。

こんなこと書くと、「親なんだから成長期の子どもには栄養バランスのよい食事を」とか不快に思う人もいるよね。でもさ、その辺のゆるさがあるから、身の丈にあった栄養管理ができるようになると思うの。

我が家の「朝飯カップヌードル」は、billsのパンケーキみたいなもん。

billsのパンケーキがなくなったら悲しむ人いるでしょ。我が家だってQTTA(クッタ)がなくなると悲しいよ。

今朝、はじめて食べたけど、おいしいんだもん。

ゆるさがないと、身の丈にあった栄養管理はできない。

自粛だってそう。もっと国民や地方を信じて「ゆるい自粛」を考えないと、いつまでもお互いに傷つけあう気がして不安です。

スーパーのように、ビニールシートでガードしながら営業する飲食店があったっていいじゃない。 身の丈にあった管理をしないと、大切にしてきた自分も社会もボロボロと崩れていきそうだから。

わたしは、生活が見えないなかで営業再開する人たちを責める気になれない。

なんの話だっけか。