「あたらしい」という空っぽの価値。

派手さもない、流行りでもない。

地味な雑穀を食べながら「あたらしい」の価値について考えていた。新車、新築といったモノにはじまり、新妻などヒトにたいしても「あたらしい」に価値がでる。

 

だけどきっと新車というものを、ぼくは買わない。

だれも乗っていない、初期不良があるかどうかだれも確認していない車を買うのがこわい。だから最近も59万円でパジェロを買った。

走行距離は8万㎞、整備しながら30万㎞はしりたいので、中古車販売者におねがいしてエンジンの状態がよい車をさがしてもらった。

新車かどうかよりも、メンテナンスしてる中古車のほうが安心感がある。

 

そしてきっと新築というものを、ぼくは買わない。

自然災害がおおい国なだけあって、ハザードマップを確認すると安心して暮らせる場所はむかしながらの住宅地だけだったりする。

参考 ハザードマップポータルサイト国土交通省

新築かどうかよりも、自然災害リスクのひくい中古物件のほうが安心感がある。

 

おもえば妻と結婚するときだって、そうだった。

いまでも「5歳上の女性を選んだのはなぜ?」と聞かれるときがあるが、社会にでたばかりの女性よりも、失敗経験を笑ってはなせる女性のほうが一緒にいて楽しい。

起業して全財産を失っても笑って過ごせる妻をみて、年齢なんかで選ばなくて本当によかったと安心したものだ。

そんなこと考えながら、ちょらの雑穀を納豆とお漬けものでいただいた。

流行りに流されたり、奇をてらったりせず。

時代の変化にあわせてアップデートしながら、「あたらしい」はなくとも安心を感じられる商品に育てていこう。