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小池百合子さんの子宮全摘出を知って思い出した一人の乳がん女性。

この日記を書いた人

Hiro Takayama
1980年生。東京農工大卒→上場企業→ベンチャー企業→家族経営ブログ通販。家族生活は田舎の方が便利だと分かり鹿児島に移住。豊かな自然とネットがあれば子育て以上に楽しいものはない。

20160802-1

都知事選は小池百合子さんの勝利に終わりましたね。

選挙中、「厚化粧の女」と揶揄されていたようだけれど、子どもが見ても興ざめするような雑言を言っている人たちを見ると「酸化した皮脂臭ただようオジサンたち」なわけで、その悪臭を想像して気分が滅入ってしまいました。

最初こそ自民党の協力を得られずに苦戦しているように見えたけれど、波に乗ってくると今度は「小池百合子は除名だ!」という発言がでてきて、まるで嫉妬した夫のようにみえたものです。

小池百合子さんに対して絶縁状を叩きつけたなら、きっと「おおさか維新の会」が手招きして(もう既に裏で手を回しているだろうけれど)、東京と大阪の2大都市圏から古い政治体制を一新すべく、時代の針がさらに早く回るのでしょうね。

ひょっとしたら、そこまで予見して都知事選を戦っていたのかもしれないと思うと、なんだか同じ人間とは思えずゾッとしました(きっと一線で戦う政治家や官僚、起業家は最新鋭の人工知能みたいなものなんだろうな)。

だけどこの記事を見て、また血が巡ってきたような温かみが戻ってきました。

小池新都知事も「子宮全摘」のサバイバーだった!新しい都政の難題をどこまで克服できるのか?

『週刊宝石』(1998年7月16日号)に掲載された『手記 小池ゆりこ「子宮全摘出」の記録』によれば、衆議院大蔵委員会委員として国会審議に忙殺されていた18年前、当時46歳だった小池氏は激しい貧血に襲われ、下腹部に異常な痛みを感じたため、受診。筋層内筋腫が数カ所に認められる子宮筋腫と診断され、やむなく子宮全摘に応じた。

手記によると「子宮を取り、一生子どもを生めない体になるという現実を否応なく突きつけられた。女としていつまでも出産への選択肢は持っていたい。『産む』『産まない』ではなく、『産める』『産めない』の大きな選択が目の前に立ちはだかっていることに気づいた」と語っている。

子宮にしろ乳房にしろ、全摘出による悩みや苦しみというものは男からすると想像しにくいけれど、きっと自分の陰茎がガンになって摘出するような、漆黒の闇に包まれたような漠然とした不安感がそこにはあるのでしょうね。

あれは大好きな、居酒屋を経営していた叔父さんが存命だった時、いつもの美味しい食事に舌鼓を打っていた時だった。

いつも陽気な叔父さんが笑顔の奥になにか隠しているような、晴れているのか曇っているのか分からない表情で「お前の彼女が乳がんで全摘出したらどうする?」と質問してきた。

乳房があろうがあるまいが正直どっちでもいい。そんなもので愛情が変わるなら最初から付き合っていない。ただ当人は計り知れない苦悩があるだろうから、丁寧に精神的なケアをしていく必要はあると思う。

とっさにそのようなことを返すと、叔父さんの表情がいつもの雲ひとつない青空へと変わった。同時に、途中から感じていた視線もやわらいだ気がした。

隣に座っていたご夫妻の奥さまが、乳がんと戦った末に左胸を全摘出したという話を聞いたのは、ご夫妻がお店を出た後だった。

なんて際どい質問をするんだと絶句したものです。

きっとボクも人生の途中で思いがけない大きな病にかかり、悩み苦しむのかと思うと急に不安になってきます。そんなとき、ちょらの青汁がもつ深い緑色を見ていると落ち着いてくるのです。

20160802-2

今日は素直に水で割って飲もっと。

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Hiro Takayama
Hiro Takayama
1980年生。東京農工大卒→上場企業→ベンチャー企業→家族経営ブログ通販。家族生活は田舎の方が便利だと分かり鹿児島に移住。豊かな自然とネットがあれば子育て以上に楽しいものはない。
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